 昔ジャングルだったはずの場所が穀倉地帯となっている。(パラナ州の大凡がこんな状況です)
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日本の景気が戻り始め、そろそろ鑑賞魚業界にも春風が訪れることの期待がもてる4月21日から27日まで、以前にも挑戦した南部地方にエキノドルス属という水草を探しにでかけました。(写真クリックで拡大)
鑑賞魚とは別に、水槽を飾る重要な部分がこの水草によって占められる、しかし最近では逆にこの水草を中心に考えた緑を楽しむ水草水槽があちこちでもてはやされる時代だそうです。
都会の喧騒の中で、大きな水槽に植えられた緑や赤の様々な植物が流れにそよいでゆれる光景は、人間の気持をやわらげ、ほっとさせて気持を楽にさせてくれる効果が確認されているそうです。
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6年くらい前だったか、鑑賞魚専門の業者さんから依頼をうけて初めてブラジル
南部地方に水草を探しに出かけました。にわか勉強で水草の知識を頭に叩き込み、
魚採りと同じように、行けばなんとかなるだろう、というような覚悟?での出発
だったのです。送ってもらった洋書の水草専門誌には論文として記載されたであ
ろう種名や採集日時、採集場所がさりげなくかかれており、これならなんとかな
るのではないか、という希望と自信が重なって夢の膨らむ旅の出発となりました。
しかし予想と現実はかけ離れており、思いもしない苦戦を強いられたのです。
「筆者のファームの管理をしてくれているエドワルド(以後エドと呼ぶ)を助手に
サンパウロを21日昼前に出発、国道116号線を一路パラナ州の州都クリチーバ
に向けて出発、郊外に出たところでシュラスコ料理の昼食、炭火焼きの牛肉の食べ
放題で一人400円、浴びる程も肉を食べてスタミナつけて時速100km平均で
わき目もふらず、走りつづける。久し振りの車での旅行なので、ちょっと不安もあ
る。昨年五月にデング熱をもらって10kg痩せてから初めての長旅となる。
結局この日は750kmを一気に走りぬけて、ポンタ・グロッサという目的地まで
到着してしまった。自分でもびっくりしてしまった。何故か嬉しかった。
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30分ほどのコーヒー休憩をとっただけで、 750kmを一人で一気にきて、午後
10時半、長距離大型トラックの沢山止まっているガソリンスタンドに車を入れ、
大型トラックの狭間に我が小型乗用車を入れる。ブラジルでは20トントラックで
2000kmとか4000kmとかの長距離を一人で運転するのは当たり前で、そ
れぞれが家財道具をもって運転仕事にあたっている。ガソリンスタンドも大型トラ
ックを引き込むために、トイレやシャワーを清潔で心地よいものにしておかなけれ
ば、営業にひびくので、そのおこぼれに預かって我々もタダで快適なシャワーが浴
びられることになります。だれも文句は言いません。
一風呂浴びて、リクライニングシートにスポンジソファーを敷いて、毛布を被って
熟睡する。翌朝、目が覚めると楽しみにしている朝食、カフェ・コン・レイチとい
うカフェオ―レに焼きたてのパンにガッポリのバターを塗ってもらって、おまけに
鶏肉の入ったコロッケのコッシ―ニャというのを注文して美味しくいただく、ブラ
ジル旅行での筆者の隠された楽しみの一つです。
朝食後、パラナ水系の支流、イグアス川の上流部地域のこの地方の探索を始める。
清清しい秋晴れの空、いよいよ初めての川に探索に入れる、と思うとワクワクして
くるのを抑えるのに大変で、運転しながら目を皿のようにして左右に注目する。。
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それでも昔が偲ばれる清流は辛うじて残っていた。 (イグアス川最上流にて)
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ブラジル平野の特徴である、起伏の激しい波状丘陵地形を数kmごとに上がっ
たり下がったり、下がった一番低い部分には必ずと言って良い程川があるが、
なかなか手ごろな清流に巡り会えない。水量が極端に少ない湿地帯の中の小川
だったり、結構大きな川があっても水が茶色く濁っていたり、ドンより濁って
いたりで、なかなか清流に到着できない。考えてみれば両横の平原に展開され
いるのはこれが全て大豆を中心とした穀物畑で、景色としては最高の金色の海
の中を走っているわけで、当然大豆の植えつけに当たって蒔かれる除草剤、肥
料農薬によって、そこから流れ出す水を集めた小川が清流を保てるとは考えら
れないわけです。
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その辛うじて残っていた清流に生き残っていたエキノドルスsp種、見たことの無い形態に幸運と奇跡を感じてしまいます。(イグアス川上流で)
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それでも1時間ほど走っただろうか、道路のはるか下に流れがみつかり車を止め
て流れまで走って下ってみる。助手のエドと共に川の縁の牧場地帯を30分程も
探し回ったが、清流ではあるがまるでエキノらしいものは見当たらない。
かなり奥までいった辺りで、牧童らしい3人の男が柵を直していたので、彼らに
聞いてみた。「シャぺウ・デ・コウロを探してるんだけど この辺にないかなー」
シャぺウデコウロというのはここブラジルでエキノ全般を総称する漢方名称で、
ここではエキノドルスなんて言っても、誰も首をかしげるだけで話がすすまない。
「シャぺウデコウロなら おらの家の畑の川にある ちょっと遠いが いってみ
るか」「ああ とれるなら どこでも行くよ」と答えると、詳しく場所を説明し
てくれた。教えられたとうり13km走って陸橋を越えたすぐを右に入ってまた
しばらく行ったところで指摘された川を見つける。いやー きれいな清流が流れ
ている。流れは緩いが上流は手付かずの森のようで、とてもきれいな景色である。
注意深く探すとエキノらしい草を発見、これが葉っぱの新芽が赤い種類、赤い丸
葉のエキノを見つけたのはここが初めてである、しばらく感動していた。
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赤いといっても、新芽の部分の成長が早い部分があかく、葉が大きく成長した
部分はすでに緑が濃いようだ。葉脈は数えてみたら5本、中心に1本で左右に
2本づつで幼葉も成長した葉も同じ数のようだ。丸葉で葉脈5本というのは何
だっただろうか、と記憶の糸を必死で辿るが思い出せない。知識の貧困を感じ
てしまう。丸葉タイプで新芽が赤で、主葉脈が5本、「一体何だろう うーん?」
そんなことを考えながら、しっかり場所を記憶しておこうと努力する。
次回はいつ来れるか分からないから、場所の特徴をしっかり頭に入れておこう
と思う。
付近の様子を観察し、下流に流れの穏やかな部分があるのを発見する。なにか
もっと変わったものはないかな、と思いながらその溜まりに行って浅い流れに入
ってみる。 まだ早朝で水温が低いのだが、何やら小さな魚2―3匹が前を横切
ってクロモのような水草の群落に入った。あれ!なんだろう、あの泳ぎはコリの
ような気がしたが、と思い、長靴の先で藻の群落を突ついてみる。しかし水の濁
りに隠れてしまって完全に消えてしまった。。
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あわてて土手で車を見張って待っていてくれるエドのところに戻る。ついでに
長靴に替えて、こんどはコリドラスモードに入る。一応水草が目的だが、やは
り魚の方が私の本領で、胸が弾む。どんな魚だろうかといろいろ考えながら、
少し時間があったので流れが澄んだ流れにはいってゆっくり観て周る。ソーっ
と歩いていると流れのソチコチで2―3匹の群れが結構いるようだ。驚かせず
少しづつ追ってゆくと、その群れが合流して10匹以上の群れになったので、
そ―っと左手で群れを追いかけるのだが、小さな稚魚サイズだけ。朝っぱらか
ら腹の立つ話で煮詰まってくる、仕方がないから長靴でそこらを掻き回して、
泥水状態にしてコリをメクラ状態ようにして、ガサガサやる。
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こんなコリドラスが採集できて、エアハルデイかスタインダクネリ―かは不明(イグアス川パラナ州にて)
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ようやく見つけた魚をジックリ観察してみる。とんでもない模様を期待し
ていたら、これがメタリックグリーンの模様が入るパレアットかエアハルデ
イタイプ、模様の空間が多いのでやはりエアハルデイだろうとかんがえる。
しかし考えてみればスタインダクネリ―なる種類もいるわけで、確定はでき
ない、映像を日本に送ってみて、その反応を見てみる必要がありそうな魚
だった。
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こちらもなんとか生き残ってくれていたウルグアイエンシスspという希少水草です。 (ウルグアイ川支流にて)
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その後、一気にまた700km走ってリオ・グランデまで飛んで下がる。
午後まだ明るいうちから8時間ほどでなんとか目的場所に到達する。
また大型トラック群のガソリン・スタンドに入ったのが午後11時を過ぎ
ていた。快適なシャワーを浴びて第2日目が終わる。
ウトウトしだした頃、突然車外に大きな音がし始めた、ザーという音がし
て雨が降り始めたようだ。雨の音を聞きながらぐっすり休めるというのは
私はけっこう好きな状態である。ぐっすり寝こんでしまった。
翌朝目が覚めると、辺りはかなり降った状況で結構雨水が流れていたりし
て、夕べの雨を思わせる。そこで血の巡りの悪い筆者は、はっと思った。
この大雨はひょっとしたら川の水位を上げて、ひょっとしたら濁流になっ
っているかもしれない、という思いがもたげてきたのです。なにか重ーい
心境になってしまったのです。
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それでも朝のカフェ・コン・レイチとトースト、コロッケで朝食をして、
リオ・グランデまできた道をまたサンタカタリ―ナ州に入ったりしなが
らそこを流れるウルグアイ川に沿って車を進める。最悪の予想が的中し
て、川は全てが濁流と化し、水位が上がってしまって水草などの話では
ない。自然相手の商売なので呆然と見ているより仕方がない状況がある、
五年前にウルグアイエンシスspを観察した川も濁流が両岸を洗ってい
る。無理して川に入ったら命取りになることは確実なので、引き上げる
ことにする。無念の撤退となった。
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朝7時から昼食を挟んで午後3時まで、それでもしつこくウルグアイ川支流を
シラミ潰しで見て周る。開発されてしまったためだろう、山岳地帯の峡谷にな
った川、普段はクリスタルの清流が流れている川がすべて茶色の濁流となって
いる、開発された畑や牧場から土を流す濁流が川に流れ込んでいるのだろう。
諦めて、ガソリン・スタンドに入ってそこから200km程の地で果樹園を経
営している大学の先輩宅に電話を入れる。この先輩の土地がエキノの王者とい
われるオパークスの記載地の近所であるため、再再度そこでオパークスを探し
てみようと思う。今日の宿泊の快諾をうけて一気にその地に向かう。といって
も水草のありそうな川ではじっくり見て周るのだが、なかなか清流に届かない。
ところが、何気なく入った川が大きな川で、みていたら水が濁っていない。
多分何もないだろうと思って川の土手を歩いてみた、水がかなり早く流れてい
る部分が緑に輝いている。うん!!! アーったー と叫んでいた。それが
上記の写真である。
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睡蓮も南部にはけっこうたくさんの種類があるようです。(ウルグアイ川上流の清流にて)
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エキノドルスという水草はブラジルでは薬用植物として有名です。(ウルグアイ川上流ペイシェ川にて)
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夕刻午後10時、ようやく今日の宿泊地である先輩の家に到着、久し振りの
話が山のように出て、眠りにつたのは午前3時を回っていた。
翌日は午前10時ころから隣町のビデイラとかタンガラという目的のエキノ
の里をシラミ潰しでまわる。山を越える毎に谷あいの小川にはいるのだが、
この谷間という谷間全てにヨーロッパ系イタリアやドイツの移民が百姓には
いっていて、全ての家で豚や鶏を飼っている。その廃液が全てこれらの小川
に流れているので、水がどす黒く濁っている、とうてい水草の話ではない。。
しかし睡蓮などの植物はけっこう強いのか綺麗な花がさいていた。
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日本が鳥インフルエンザ流行でアジアから鶏肉の輸入禁止でブラジルが供給源
として脚光を浴びた先月、このサンタ・カタリ―ナ産の鶏が日本市場に大量に
流れたという話を思い出した。この辺りの町はヨーロッパ移民が作ったために、
ヨーロッパの片田舎のような雰囲気でとても楽しい。イタリア人の移住者がビ
デイラとかタンガラとかではブドウを生産していてワインがこの地方の特産物
となっている。ワイナリ―があちこちにあって出来たてを試飲させてくれる。
こんな役得もあって楽しいのだが、肝心のエキノは足掛け2日も探し周ったが、
結局どうしても現物らしき姿は見つからなかった。
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ブラジル南部はドイツ、イタリア、北欧の移民の町ばかりです。(リオ・グランデとサンタカタリ―ナの州境の町で)
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森林の中を流れる小川であったものが、木が切られたらこんな小川になってしまいました。 (パラナ州にて)
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左の写真が如実に示しているとうり、この南部ブラジル地方はヨーロッパ人
によって開拓が進められ、1900年代は森か林であった地域の100%近
くが開墾されて牧場やファゼンダ(大農場)に変身していて、写真の奥の方
にみられるとうり大豆畑となっている。これら作物の栽培にあたっては化学
肥料、農薬、除草剤等が大量に施されるため、その残留物が雨によって直接
小川に流れ込むため、とくに除草剤はかなり残留性の強いものが使われてい
るようで、古来からあった植生を完全に崩しているものと考えられる。
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現実に、35年前にこの地に入植した先輩方も証言しているが「入植当時は
この辺り一帯はすべてジャングルのような状態だったが、この30年あまり
で大半が開発されて農地や牧畜の主産地となっていった、入った当時は川に
もたくさんの魚がいて水草もあったが、いつのまにかいなくなって釣りも出
来ないような川になってしまった、今は釣りはマットグロッソか海に行くよ
うな状態になっている」というような話で、ちなみに昔水草が沢山生えてい
た、という川に案内してもらったが、全く何もなかった。ウルグアイ川の最
上流オパークスが採れたというペイシェ川の最も奥深い地域である。
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現地の状況は開発が進んでこういう景色の連続です。一昔前森林であったところが、牧場や農地に変わってしまった(サンタカタリ―ナ州にて)
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今回の最終目的川のショパン川という作曲家の名前のついた川で唯一のエキノです。 (パラナ州にて)
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最終日は早朝、先輩宅を辞してパラナ州奥地の、以前から大変に気になっていた川を
探索しながらサンパウロへと出発した。そのきになっていた川はショパン川といって
ドイツ本のエキノドルス説明にでてくる川で、パラナ川から発するイグアス川という
有名な川の上流である。このイグアス川はクリチ―バとかポンタグロッサという有名
なエキノ産地と同水系であるため、期待はとてもおおきなものでしたが、しかしこち
らの地方のほうが一層開発が進んでいたのには、びっくりした。結局最上流部で1種
類のエキノを観察できただけ、それだけで残り10河川ほど回ったが全く観察は出来
なかったのです。多分、どこか筆者の知らない場所でひっそりと存在していることを
考えていますが、やはり地元の人の助けが今後必要になってくるでしょう、そうしな
いと採れない。そんな感想で終わった旅でした。
2004年5月7日記述完了。
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